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思考修整セラピー

今ある悩み・苦しみの思考を修正し 問題を解決・克服するためのカウンセリング

 
共依存症  共依存症とは、相手に依存することでしか自分が成立しない不安定かつ未成熟な関係である。
親子関係・夫婦関係・男女関係に多く見られる。
「構ってもらいたい側」と「構わずには居られない側」の二人が織り成す、強烈な甘えの世界。

共依存症・親子共依存・夫婦・恋人

共依存者 相手側の特徴

共依存者を支える心理

夫に養われている主婦

子供がしたいのか、親がさせたいのか

共依存からの脱出


共依存のパターン

共依存の自覚が無く支える側の特徴

親子共依存 子への影響

自信のない人が好き

自分主義の人生

共依存症に関連性のある項目


共依存症

共依存症・親子共依存・夫婦共依存・恋人共依存
その関係が健全なものでないにも拘らず、お互いの利害関係が一致しているために、その不健全な関係の行動を日常的に継続・持続している状況を共依存関係にあるといい、幸福感は薄く辛いのにその関係を決して手離さない共依存症に陥っています。

共依存」読んで字のごとく共に依存し合うことにより成り立つ関係。尽くすことで生き甲斐を感じる人と、尽くされることで満足感を得る人の関係を「共依存」が成立していると言えます。どうでしょうか?見事に互いの利害関係が一致している状態と言えます。いったいこの共依存関係のどこが問題なのでしょうか。双方の利害が一致しているので特に問題無いのでは?とも思えますよね。でも果たしてそうでしょうか?実はそこに大きな問題が含まれています。

尽くされることで満足感を得る人「要求の強い人」は自分が相手から「尽くされている」と判断すれば「もっと、もっと」とわがままな要求は際限無く続いていく傾向があります。そして尽くすことで生き甲斐を感じる人「犠牲を払う人」は相手の要求に応えようと「もっと尽くさなければ」と努力し、相手のわがままを益々増長させる結果となり、常に自分に無理な負担を掛け続けることとなります。 その結果、尽くす側「犠牲を払う人」は心的ストレスを抱えることとなり、うつ状態・無気力・集中力欠如・過食・パニック・偏頭痛などの心的・体調の不良に繋がりますが、本人としてはその「原因」を理解できていない場合が多く「どうして?」ということになります。それは正に、骨折しているのに気付かずに歩いているようなものです。この無自覚さには驚くばかりです。

いかがですか? この尽くす側・尽くされる側の利害が一致してると言っても到底看過できない大きな問題がそこにあると言えるでしょう。


無自覚な共依存のパターン

彼の苦しみを理解できるのは私だけ、一緒に苦しみを分かちあいたい

わがままかも知れないが夫も辛いのだからなんとか対応してあげたい

母も大変だから愚痴や不満を聞いてあげるのは娘として当然なのでは

昔からの友人、私を頼ってくれるのだから幾らでも悩みを聞いてあげる


自覚の多少ある共依存のパターン

彼の苦しみは甘えだと思うけど理解しないと彼が納得しないから

悩みを聞いた後は凄く疲れるけど、昔からの友人を失くしたくない

母の愚痴を聞くのは嫌だけど、私が聞いてあげれば丸く収まるから

夫とは別れたほうが、とも思うが優しいところもあるので離婚はできない


上記のように「自覚の多少ある共依存のパターン」では良くない状況、良くない関係だと薄々理解していたとしても、その関係を消極的に求めてしまう、あるいは仕方なく受け入れてしまう傾向にあります。これにおいても「無自覚の共依存」となんら変わることのない完全な「共依存」「共に依存している状態」です。世話をする側とされる側が固定されているため、お互いが自立をすることができません。人間関係そのものに依存してしまう共依存の人は、自分自身の気持ちを大切にしたり、問題に向き合うよりも相手の問題ばかりに気をとられながら人生を送っています。

共依存関係の尽くす側、世話する側への印象は、「優しい人」「よく頑張っている人」と賞賛されることがあるため、周辺の人達からは気が付きにくいものです。しかし、いくら頑張って尽くしたとしても報われることは無く、生き辛さを感じていればそれは「共依存」という「支配と服従」の世界なのです。


親子の共依存の場合

あなたの親は自分の夢をあなたに託し期待した

あなたの親はテスト等で良い成績を取ればあなた以上に喜んだ

あなたの親はあなたの服を選んで買い与えた(幼少期は除く)

あなたの親はピアノ・バレエ・英会話・絵画等多くの習い事を奨励した

あなたの親は進学・就職・恋愛・結婚などに助言・誘導・干渉があった

あなたの親は常にあなたに話かけ、あなたは親の良き理解者を務めていた


夫婦共依存・恋人共依存の場合

評価を気にする

暴力・暴言があることも

同調・共感を求めたがる

あなたに多くの約束をさせたがる

あなたの友人関係を快く思わない

ああだ、こうだと、要求・要望が多い

あなたを管理・コントロールしたがる

自分をどう思っているのか知りたがる

よくトラブルを起こしあなたを困惑させる


友人・同僚の共依存の場合

あなたを管理コントロールしたがる

意見の同調を求められることが多い

定期的に悩み相談を持ちかけられる

感情をあらわにすることがたまにある

ハッキリとした意見をあなたに示してくる

自分以外のあなたの友人関係を快く思わない

あなたと一緒に居たがる、一緒に行動を取りたがる

常にメールや電話などで連絡をやり取りしお互いの状況を把握したがる


どうでしたか?上記のような該当箇所がたとえ多くあったとしても、あなたの精神環境がすこぶる良い状態であれば問題は無いとも言えますが、もし心的・体調面で不調を感じるようであれば大いに問題となります。それは相手側に問題があるだけでなく、あなたにも大きな問題があります。

では、共依存関係を支える側、尽くす側の特徴を次項に記述します。


共依存の自覚が無く支える側の特徴

相手の心情を先回りして考えてしまう

相手の喜ぶ姿が、自分の喜びと感じる

指示をされることに抵抗をあまり感じない

自分で判断して物事を決めることが難しい

相手から嫌われるのではないかと心配してしまう

相手の経済力に頼らないと生きていけないと感じる

自らを犠牲にして相手を助けたり、世話をしたりする

相手の喜ぶことなら出来る限りのことをしてあげたい

強く言われると私のことを思ってくれるからと思ってしまう

「こうあるべきだ」と言われると「そうなのかな」と思ってしまう

相手との境界線がはっきりせず、相手の感情や言動に左右される

自分の人生に希望が持てず、相手に尽くすことが生き甲斐になっている

何とか相手に認められたい、何とか相手を救いたい、何とか気持ちを分かってあげたい、と精一杯相手に対して献身的に尽くしているのにも拘わらず、事態は益々悪化してるのは何故でしょうか?


共依存者を支える心理

夫婦・恋人の共依存を支える心理
「私だけがこの人を救えるんだ」という考えを持っているとすればそれは非常に危険な状態と言えます。アルコール依存症DVの夫に苦しんでいるにも関わらず、ひたすら尽くす妻等がその危険な状態に該当します。

共依存の妻は、自己評価がとても低いため、相手の世話を焼くことにより自分の価値を見出そうとします。その結果、夫の暴力や横暴にも耐えてしまう事になります。この場合一見、妻だけが夫に依存しているように見えますが、迷惑をかけることで相手をコントロールしたいという夫側の依存があり、双方の利害が一致しているのです。問題を起こす側は、共依存が益々強くなることで人生を崩壊させてしまう可能性もありますし、ひたすら支える側の共依存者は、苦しく辛い日々から抜け出せなくなってしまう事でしょう。


「世話を焼く母親」親子関係の共依存を支える心理
母親が子供の世話を一生懸命するのは、ごく自然なことですが「行き過ぎた世話や教育」には注意が必要です。もし「行き過ぎた世話や教育」が行われている場合には、その時点で母親は「子供を養育する」ということに依存している可能性があります。

例えば、友達との関係で悩んでいる子供がいるとします。この問題は子供の問題であり、解決していくのは子供自身です。本来そういった子供に対し、適度な距離で見守ることが母親の役割です。子供は見守られているという親の愛情を感じると「やってみよう」と思うことができます。しかしその問題を見守る我慢が出来ない母親は、子供に手を貸し助け、世話をし「お母さんが言ってあげる」「お母さんがこうしてあげる」「それはあなたのためだから」「あなたを思っているから」と子供の問題の渦中に介入して来ます。一見、子供のためを思った行動と思えますが、実際は子供のためではなく、親自身の不安や心配の解消のためであると考えられます。

親が子供に依存していると、子供が成長し世話をしてあげる事が少なくなってきた時に、自分の存在意義を見失っていきます。「私がいなければこの子は何もできない」と無意識の思い込みがあり、手助けをすることで自分の存在価値を見出し安心感を得ているのです。


親子共依存 子供への影響

「世話を焼く母親」に育てられた子供への影響
このような「愛情」という名のもとに支配され、世話をされた子供は成長につれ精神的に深刻な影響を受ける場合があります。子供は何でも母親に世話をされたために、自ら努力をし困難に立ち向かう姿勢を失ってしまいます。子供の頃から親の価値観や判断に従ってきたために、自分の「すべきこと」「やるべきこと」「何をしたいのか」などが解らなくなり、自分自身を確立する事が困難となり、人の意見に振り回されてしまう傾向を強く持ちます。何をするにしても常に迷いや不安を感じやすく、決断力や決定力に劣る等の問題が起こってきます。さらに、母親との関係を壊さないように生きてきたため、親と自分の境界線を見失い、思春期や成人期に至っても、いつまでも親から離れることができません。

親と子供が親友のような関係になってしまうのもそのためです。主体性を持って自立をすることに無意識的に罪悪感や見放されてしまうという不安を抱くようになり、大人に成長しても自発的な精神は薄く、人に服従し依存して生きるようになるのです。そうなれば、選ぶ恋人や結婚相手・友人等、いずれにしても指導者・支配者であり、親から対象者が代わるだけで生涯共依存の問題を抱え込むことにもなりかねません。もしあなたが共依存という問題に該当しているのであれば、あなたが過ごしてきた家庭環境における親子関係の間にこのようなパターンが隠されていた筈です。


夫に養われている専業主婦。夫の顔色を疑う日々

Cさんは専業主婦ですが、毎日夫が会社に行って稼いでくることで生活しているという意識が強く、私は夫に食べさせてもらっている、扶養してもらっている、などの隷属意識が高いため、ご主人の顔色を窺い、機嫌を損ねないように生活をしており、毎日を楽しいと思うことが出来なくなっていました。自分で働いて稼ぐことも考えてはいるのですが、長年家にいたことで外に出る勇気も持てない状況であり、毎日がただただ過ぎていくという状況でした。旦那さんはそんな顔色を伺う奥さんにも不満を持っており、もっと対等に話ができる関係を望んでいましたが、自分は養われている身の上だからと奥さんが引いてしまうことで、お互いの意見を言う機会もなくその点も不満に思っていました。家事などはすべて奥さんがこなしていましたので、ここには、家事をできない男性と稼ぐことへの不安を感じる女性との間で利害関係が一致しており、一見役割分担をしているようにも見えるのですが、お互いに不満を抱えて、コミュニケーションが上手く取れていないということが障壁になっていました。女性も少し外に出ることで、少しずつ自信を取り戻し、旦那さんとも対等に話が出来るようになったことで、少し夫婦のコミュニケーションが改善していきました。旦那さんにモラハラやDVなどが無かったことが功を奏しましたが、奥さん自身の自信の無さが夫婦間にイライラをもたらす原因になっていました。


DVやモラハラをする夫とそれに耐える妻

DVやモラハラをする男性がいますが、それに耐えている女性にも原因があることもあります。もちろん殴るほうが完全に悪いのですが、「そんな相手でも見捨てずにいる自分は凄い。偉い。」という認識を持つことでその関係性を変えることを無意識のうちに拒んでいる場合もあります。DVやモラハラをするのはそうさせてしまう自分が悪いのだという思考回路に陥ることや、そんなことをする相手でも愛しているので一緒にいるべきなのだと、実際にはとてもつらいにも拘らず思い込もうとしている場合もあります。また、相手のことを考えてというよりも、離婚することや関係を断つと自分の不利益になると考えて、共依存の状態に陥っても、黙認している場合もあります。関係を続けて行く上で、自分にとって何かモヤモヤするような関係である場合にはその関係を見直すことも必要です。共依存に陥りやすい人の多くには、自ら問題のある人を選んでしまうという傾向にもあります。相手に必要とされる自分というのが大切なので、自己評価が低くなりがちな人ほど、ダメンズと呼ばれてしまう人を無意識に選んでいる場合もあります。


自信のない人が好きという場合も

共依存に陥りがちな人は、自信の無い、頼りない感じの人が好きという驚くべき発想をする場合もあります。その人が自信をもって何かに取り組むことを好みませんし、友人と積極的に交友関係を持つこともにも良い顔をしません。要は自立した精神を相手に望むことなく、自分の支えのみで相手が存在することを望んでいるのです。私が居るからあなたの存在が成り立つとの発想に基づいています。自分のそういった性質を十分に理解した上で相手を選んでいる場合も多いのですが、それで自分が疲れてしまうことや、心が傷つけられる場合には少し考えないといけません。その人と距離をとることも必要ですし、相手の問題と自分をゴッチャにしないことも必要になってきます。自分の生きがいをその人を支えることに費やしている場合などがありますが、相手のことを考え過ぎてしまい自分の幸せを考えないことが問題です。


子供のためと言いながら自分の意見を押し付ける親

子供のためと言いながら、自分の希望や思いなどを子供に託す親などがいますが、子供には子供の人生があることを知らなければいけません。子供に自分の成し遂げられなかった思いを託すことや、自分がいいと思うものを押し付けることは子供にとっては強制されていると感じられて居心地が悪い場合もあります。子供自らそうしたいと思ってしているのであればいいのですが、親の言うことに従っているだけという子たちも多く見受けられ、それでも暫くはいいのかもしれませんが、いざ自分で決めるべき時にも何も決められないというような弊害も出てきます。自分でしたいことを自分で決められるように、親は見守るべき時は見守る姿勢を見せることも必要です。学校なども行かせたい親と行きたくない子供の間でせめぎ合いが起きる場合もありますが、親は子供の意思を尊重しつつも、保護者の立場を背景に賞罰的な発想を元に、子が不安に思うような行動や発言を示唆したりすることはやめたほうがいいでしょう。


子供がしたいのか、親がさせたいのか

習い事や学業などは、子供である本人が自発的にしていることなのでしょうか。それとも他発的にしていることなのでしょうか。誰かが言うからしていることは、どこかで何かが起こったときに「もう嫌だ」と思ってしまう一因になります。自分で決めたことでも投げ出しそうになることもある中で、人に決められたことを自分の思いとしてやってくのには大きな労力がいることに、親自身も気づく必要があります。人から押し付けられたことを行うというのは、自分の意思が働いていなければつらいものです。自分の人生であるのにも拘らず、自身の意志で生きられないというのは、非常にネガティブに捉えてしまうこともあるでしょう。「本当に自分がしたいことはこれじゃない」と思っているかもしれません。自分のしたいこと、自分の頑張れることを自分で決めて行えるように、いろいろな環境を提供することは親としては大切なことでしょう。


相手をコントロールしない。相手の好きにさせる

親子関係でも友人関係でも、恋人関係でも、相手をコントロールしたいという意識が働けば、相手にとっては辛いものであるでしょう。自分の気持ちを伝えることは大切ですが、決めるのは相手であるので、相手の意見を尊重することも必要です。相手が好きにしているように、自分も相手に依存しないで、自分の趣味などに時間を使ったり、勉強したり仕事をしたりすることもいいでしょう。目の前にいる人を支配するのではなく、他に目を向けましょう。また、そのことを通して自分が経験することで、相手への対応が変わってくる場合もあります。自分が同じようなつらい体験をすれば、相手もこんな気持ちになったのかなぁなど推測することもできます。目の前の配偶者や子供以外にも注意を向けて、自分の時間を大いに楽しみましょう。


自分主導の人生を生きていく

尽くすタイプの共依存症に陥っている人は、自分勝手に生きていく位で丁度いい場合もあります。束縛してくる配偶者や友人はあなたのことなどは考えていません。自分の欲求を満たすために行動を起こすことや、意見を言っている場合が多いですので、無理にそれに合わせる必要はないでしょう。相手に合わせ過ぎてしまうよりもむしろ、しっかり自立して自分の好きに生きていくといいでしょう。「相手は相手」「自分は自分」という考え方で親も子も、友人も配偶者も恋人も考えていくべきです。いつも一緒にいる必要はありませんし、お互いの時間も大切にしましょう。自然に一緒にいたいという関係であればいいのですが、そうでないのであれば、距離を置くことは悪いことではありません。自分にマイナスになると思えば距離をとることが必要な場合があります。自分でそういった依存できる相手を探していないかも十分に注意しましょう。結論を申し上げれば自立とは程遠い共依存関係は共に不幸になります。 自立した人には自由があり、共依存症には不自由な拘束があります。自由は歴史が証明する通り権力あるものが与えることはありません。自由は権力あるものを倒してこそ得られるものです。そろそろ共依存症から卒業しましょう。


共依存からの脱出

「親には今まで育ててくれた恩がある」
「パートナーには食べさせてもらっている」
「辛いことがあれば家族なのだからそれを共有するのは当然」

実際のところはどうなんですか?本当のところはどうなんでしょうか?本当に不満は一切ありませんか?親やパートナーに対し、常に言いたいことを我慢し、相手の顔色を伺い、話を合わせ嫌われないように見捨てられないように気を遣いながら生きているのではありませんか?自分の幸福の基準が「相手が喜ぶかどうか」になっていないか、その為に自分が二の次になっていないか、自分が不在になってはいないかをもう一度考えてみて下さい。あなたは自分は何がしたいのか解らなくなる程に親やパートナーなど相手の問題に囚われていることにそろそろ気づきましょう。

あなたの人生において、親や夫、妻、恋人が「主役」になっていませんか?あなた自身の人生なのに主役も張らず脇役で良い訳がありません。共依存症の克服は「自覚」から始まります。名古屋聖心こころセラピーでは、相手によって成り立つ自分から脱却し、人生の主人公である自分を取り戻すためのプログラムを用意しております。自分自身によって成り立つ、他人によって浸食されない精神と尊厳を取り戻しましょう。