PTSDカウンセリング

心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは、過去の非常につらい体験によって心に深い傷(トラウマ)を負い、その恐怖や怯えが、繰り返しよみがえり、通常の日常生活を送ることが困難になってしまう状態です。
大切な人の予期せぬ死、大規模な自然災害、犯罪被害、事故、虐待といった出来事が原因となり、その瞬間的な衝撃や強いストレスが、まるで脳裏に焼き付いて離れない…。
近年では、パートナーからの浮気やモラルハラスメントといった経験も、PTSDに似た症状を引き起こす可能性があると言われています。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは?
心的外傷後ストレス障害は、一般的に「PTSD(Post-Traumatic Stress Disorder)」とも呼ばれ、私たちの日常生活とはかけ離れた、非常に強いストレスを伴う出来事が原因となって発症する、心の反応です。
例えば、
- 大きな事故(交通事故、労災事故など)
- 大規模な自然災害(地震、津波、火災など)
- 犯罪被害(暴力、強盗、性被害など)
- 虐待(身体的、精神的、性的)
など、命が脅かされるような体験や、人としての尊厳が著しく損なわれるような経験が、その引き金となります。
このような体験、経験によって心に負った深い傷を「トラウマ(心的外傷)」と呼ぶことがあります。(ただし、PTSDになるような体験=すべてがトラウマ、というわけではありません)

トラウマとなるような体験をした後、その出来事を自分の心の中でうまく整理したり、感情をコントロールしたりすることができず、その影響で日常生活に支障が出ている状態が1か月以上続くようであれば、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断される可能性があります。
そして、その症状が3か月以上も続くようであれば、慢性的なPTSDになっていると考えられます。
少し前までは、PTSDは、上記のような一度きりの、命に関わるような強い衝撃を受けた体験の後に起こると考えられていました。
しかし、最近では、いじめや虐待など、長期間にわたって繰り返される、つらい体験によっても、PTSDと非常によく似た症状が起こることが分かってきました。
このような状態は、「複雑性PTSD」と呼ばれ、通常のPTSDとは異なる特徴を持つと考えられています。(これについては、後ほど詳しく触れます)
もし、命に関わるような衝撃的な出来事を「ノックアウトされるほどの強烈なパンチ」に例えるなら、複雑性PTSDの原因となる体験は、「心にジワジワとダメージを与え続けるジャブのような攻撃」と言えるかもしれません。最初は耐えられても、後からじわじわと心が蝕まれていくのです。
その他にも、ご自身が直接的にストレスフルな出来事を体験していなくても、その出来事を見たり聞いたりすること(例:事件や事故の報道、身近な人のつらい体験を聞くなど)で、心理的な影響を受け、PTSDにつながる可能性もあることから、影響が広がりやすい障害とも言えるでしょう。
また、衝撃的な出来事を体験した直後に現れる反応だけでは、すぐにPTSDとは診断されない事が多いです。同じような症状であっても、トラウマ体験後4週間以内に自然に治まった場合は、「急性ストレス障害(ASD)」と呼ばれます。
PTSDが注目されるようになった経緯
日本で「PTSD」という言葉が広く知られるようになったのは、1995年の阪神・淡路大震災や、同年に起こった地下鉄サリン事件、そして2011年の東日本大震災などの大きな出来事をきっかけに、ニュースなどで繰り返し報じられたことが大きいでしょう。
また、2001年に起こった小学校無差別殺傷事件なども、社会に大きな衝撃を与え、PTSDへの関心を高める一因となりました。
海外に目を向けると、戦争の最前線で過酷な体験をしてきた兵士たちが、無事に故郷に帰還した後も、多くの場合、深刻なPTSDの症状に苦しんでいたことが明らかになり、それがきっかけとなって、PTSDという概念が広く社会に認知されるようになりました。

また、最近では、親しい人から衝撃的な体験を聞かされたり、あるいはその出来事に間接的に(例えば報道などを通じて)触れたりすることでも、PTSDに似た症状が発症することが知られています。
出来事を体験してからすぐに症状が現れるとは限らず、数か月、あるいは数年以上経ってからはじめてPTSDの症状が現れること(遅発性PTSD)もあります。このように、PTSDは様々な側面を持っており、今もなお注目が集まっています。
PTSDの代表的な4つの症状
精神科や心療内科などの医療機関で、PTSDと診断される場合、主に以下の4つの症状が見られます。
1.再体験(フラッシュバック)
PTSDの原因となったトラウマ体験を、思い出したくない、考えたくない、と強く願っているにも関わらず、あたかも今再びその出来事を体験しているかのように、生々しく、繰り返し思い出してしまう現象です。これを「再体験」あるいは「フラッシュバック」と呼びます。
トラウマとなった出来事をリアルに思い出すことで、その時の恐怖、苦痛、無力感といった感情を、まるで追体験しているかのような感覚に陥り、強い苦痛を感じてしまいます。
睡眠中に悪夢として、トラウマ体験を繰り返し見てしまうこともあります。
この再体験は、必ずしも映像と音で完全に再現されるものだけではありません。その時の特定の音だけ、身体的な痛みだけ、匂いだけ、といった断片的な感覚として蘇ってくることもあります。
フラッシュバックが起こると、強い恐怖や混乱状態に陥り、パニックを起こしたり、部屋から出られなくなったりしてしまうこともあります。
あるいは、これ以上外部からの刺激を受け付けまいとして、自分の殻の中に閉じこもり、無気力で、無関心な状態になることもあります。
通常の記憶は、時間が経つほど曖昧になり、薄れていくものです。しかし、PTSDにおけるフラッシュバックの記憶は、時間が経っても薄れにくい場合があり、個人によっては当時の感情や感覚が繰り返しよみがえることもあります。
2.回避・(感情の)麻痺
PTSDの症状の一つである「回避」とは、「また怖い目に遭ったらどうしよう…」「またフラッシュバックが起きたらどうしよう…」といった強い予期不安から、トラウマとなった体験を思い出させるような場所、人、状況、思考、感情などを、極力避けようとする行動です。
例えば、水難事故に遭った方が、川や海といった水辺を避けるようになる。列車の事故に遭った方が、電車に乗ることを避けるようになる、といった具合です。
事故が起きた時に周りに大勢の人がいた、という状況であれば、人混みそのものが怖いと感じるようになることもあります。
このように、回避的な思考や行動が生活の中に定着してしまうと、行動範囲が狭まり、やがて日常生活にかなりの支障が生じるようになります。
あるいは、あまりにもつらい感情から自分を守るために、何も感じないようにしようとして、まるで自分の気持ちが麻痺(まひ)してしまったかのように、感情を表現できなくなったり、喜びや愛情といったポジティブな感情を感じられなくなったり、現実感がなくなったり(離人感・現実感消失)してしまうこともあります。
3.認知(考え方)と気分のネガティブな変化
命に関わるような出来事を体験したり、長期間にわたる持続的なストレス(虐待など)を受けたりしたことにより、自分自身、他者、あるいは世界全体に対して、極端に否定的で、悲観的な考えや信念を持つようになってしまうことがあります。
「自分はダメな人間だ」「誰も信用できない」「世の中は危険な場所だ」といった考えにとらわれてしまうのです。
また、これまで楽しめていたはずの趣味や活動、人との関わりなどに対して、全く興味や関心が持てなくなり、以前は熱中していたことからパタリと離れてしまったり、人付き合いを避け、他人から孤立していると感じたりする、といった症状が続くこともあります。
集中力がなくなり、ボーっとしていることが増えたり、以前は表情豊かだったのに、まるで感情が失われたかのように無表情になったり…。常に気分が落ち込み、前向きな気持ちになれない状態が続くこともあります。
以前は活発で明るかった人が、PTSDの症状によって、まるで別人のようになってしまうことも少なくありません。「幸せ」や「喜び」、「優しさ」といったポジティブな感情を持つことが、非常に難しくなってしまうのが、この症状の特徴です。
4.過覚醒(神経の過度の高ぶり)
ほんの些細な出来事であっても、それがトラウマ体験を少しでも連想させるようなものであれば、過剰に反応し、強い恐怖や警戒心を感じてしまう状態です。
例えば、列車事故のトラウマを抱えている方であれば、電車の音だけでなく、事故当時を連想させるような、少し大きめの物音に対しても、ビクッと反応してしまう、といった具合です。
このように、小さな刺激に対して必要以上に敏感になってしまうため、常に神経が張り詰め、気持ちが休まる時がなく、不眠(寝付けない、途中で目が覚める、熟睡できない)に至ることも多々あります。
また、常に不安感が消えず、些細なことでイライラしたり、怒りっぽくなったり、集中力が続かなかったり、過度に警戒したりするといった状態も見られます。
この過覚醒状態のつらさを少しでも和らげようとして、例えば、眠れないからお酒を飲んだり、不安を抑えるために精神安定剤などを乱用したりした結果、アルコール依存症や薬物依存症といった、二次的な問題を引き起こしてしまう場合も少なくありません。
上記のような4つの症状(再体験、回避・麻痺、認知と気分の陰性変化、過覚醒)が1か月以上続き、日常生活や社会生活において、明らかな支障が出ている場合に、医学的に「PTSD」と診断されることがあります。
PTSDの症状が続くと、人生を楽しむことができなくなり、何事に対しても積極性が失われ、充実感が得られなくなってしまいます。
また、不眠や不安が長く続くことで、体調不良やうつ病(鬱状態)を引き起こすこともしばしばあります。
場合によっては、「私がトラウマとなるような状況を招いてしまったんだ」「何もかも、自分が悪いんだ」といった、歪んだ認識(自己責任化)をしてしまい、PTSDに陥っている自分自身を、さらに必要以上に責めてしまう、という悪循環に陥ることもあります。
「複雑性PTSD」:繰り返されるトラウマ体験の影響
複雑性PTSDとは、「複合的な心的外傷後ストレス障害」とも呼ばれる状態で、一度きりの大きな出来事ではなく、いじめや、機能不全家族における虐待(身体的、精神的、性的、ネグレクト)など、長期間にわたって、人格や自尊心を繰り返し傷つけられるような出来事が続くことで生じる、より複雑な症状を指します。
この症状は、比較的最近になって、通常のPTSDとは異なる特徴を持つものとして認識されるようになりました。
複雑性PTSDは、主に幼い頃から、家庭内や学校内などで、慢性的にネガティブな体験を積み重ねていくことによって引き起こされることが多いと考えられています。
そのため、トラウマとなる体験(この場合は、繰り返されるネガティブな体験)を受けても、すぐに症状が現れるとは限らず、しばらく期間を経た後、例えば大人になってから、様々な形で症状が出てくることも少なくありません。
原因となる体験が一つとは限らず、複合的に絡み合っていることから、「複雑性」PTSDと呼ばれています。
複雑性PTSDの影響として現れる症状としては、
- 物事を「白か黒か」「すべてか無か」といった極端な考え方をしてしまう
- 感情のコントロールが難しく、衝動的な行動(自傷行為、過食・拒食、危険な行動など)を起こしてしまう
- 対人関係をうまく築けず、不安定な関係を繰り返しやすい(パーソナリティ症の特徴と重なる部分もあります)
- 自分が自分であるという感覚が持てない(解離症状)
- 現実感が感じられない(現実感消失)
- ある特定の時期の記憶が、すっぽりと抜け落ちている(解離性健忘)
- 摂食症
- 様々な依存症(アルコール、薬物、買い物、性など)
などが挙げられます。これらの症状が、複雑に絡み合って現れることが多いのが特徴です。
フラッシュバックから、少しずつ離れていくために
トラウマになったつらい経験が、心の奥底に残ったままでいると、その経験が知らず知らずのうちに思い出されてしまい、つらい気持ちが続くことがあります。
通常であれば、時間の経過とともに記憶は薄れていくものですが、PTSDの場合、そう簡単にはいきません。そのつらい記憶が、日常生活を送る上で大きな重荷となっているのであれば、やはり何らかの対策が必要となります。
ご自身のつらかった体験を話すことは、とても苦しいことかもしれません。しかし、安全な環境で、信頼できる相手に、その気持ちと向き合い、言葉にして解放していくことは、回復への大切な一歩となり、これから先の人生をどのように生きていきたいのかを考えるきっかけにもなります。
PTSDを乗り越えるためには、
- できる限り、いつもの通りの規則正しい生活を送るように努める
- トラウマ体験について、信頼できる友人や家族に話してみる(ただし、無理強いは禁物です)
- 深呼吸や瞑想、ヨガなど、リラックスする練習を取り入れてみる
- バランスの取れた食事を心がけ、適度な運動をする
- 家族や友人との、安心できる時間を大切にする
といったことが、回復を助けると言われています。
また、心の状態が少し落ち着いてきたら、安全を確認した上で、トラウマの原因となった場所を、信頼できる人と一緒に訪れてみる、といったアプローチ(暴露療法の一環)が、有効な場合もあります。(ただし、これは専門家の指導のもと、慎重に行う必要があります)
PTSDの症状が出ている間は、注意力が散漫になったり、衝動的な行動をとりやすくなったりするため、車の運転などには十分に注意が必要です。
そして、何よりも、専門家(カウンセラーなど)に会い、自分の気持ちや状況を説明し、適切なサポートを受けることが大切です。
どんなにつらくても、生きていくための希望を持ち続けること。それが、回復への道を照らす光となります。
PTSDは、あなたのせいではありません
誰にでも起こりうる、自然な反応
誰しも、命が脅かされるような体験や、予期しない衝撃的な出来事に突然遭遇した場合、強いストレスから自分自身を守ろうとして、心や体に様々な反応が起こるのは、ごく自然なことです。それは、人間の生理的で、正常な反応とも言えるでしょう。
しかし、PTSDの場合、その反応が何か月にもわたって続き、日常生活に支障をきたしてしまうところに、問題の深刻さがあります。生活習慣が乱れたり、対人関係がうまくいかなくなったりすることも少なくありません。
だからといって、自分を責めすぎたり、過剰に「早く治さなければ」と期待しすぎたりするのは、かえって回復を妨げてしまうことがあります。
PTSDの症状は、怖い体験をした時には、誰にでも起こりうる反応なのです。
人と会うのを避けたり、お酒やタバコに頼りすぎたり、食事や睡眠をおろそかにしたりすることは、回復のためにはなりません。まずは、基本的な生活習慣を整えることから始めましょう。
恐怖と向き合い、日常を取り戻す
PTSDになると、「また、あの恐怖がやってくるのではないか…」という不安に、常に苛まれてしまうかもしれません。
しかし、日々をきちんと、できるだけ普段通りに過ごしていく中で、「あれ? 意外と大丈夫かもしれない」「今日は、少し落ち着いて過ごせたな」と思える瞬間が、少しずつ増えてくるはずです。そうした小さな成功体験が、回復への大きな力となります。
最初は、恐怖に怯えている状態かもしれません。しかし、焦らず、少しずつ、普通の生活を取り戻していくこと。それが、回復への確実な道です。
また、時間の経過とともに、記憶や感情が少しずつ整理され、和らいでいくこともあります。
それでも、どうしても忘れられない、つらい出来事があるのであれば、私たちのようなカウンセリングの場で、ご自身の気持ちを整理してみるのも良い方法です。
周りの人のサポートも、回復には不可欠
PTSDの発症や回復には、周りの人々の対応も、大きく関わってきます。
もし、あなたの身近な人が、何か怖い体験をして苦しんでいる場合には、
- 決して本人を責めたり、否定したりしない
- 本人のペースに合わせて、じっくりと話を聞いてあげる(無理に聞き出そうとしない)
- 感情的にならず、落ち着いて対応する
といった姿勢が大切になります。
同じ話を何度も繰り返したり、取り乱して動けなくなってしまったりすることもあるかもしれませんが、根気強く、温かく寄り添ってあげてください。
注意していただきたいのは、ご家族や友人の方が、ご本人を心配するあまり、「話せばスッキリするだろう」と考えて、出来事や気持ちについて、根掘り葉掘り聞き出してしまうことです。
ご本人が話したい、と思っているのであれば良いのですが、そうでない場合に無理に話させようとすると、かえって症状を悪化させてしまうことがあります。
また、もし複雑性PTSDの原因が、家族や友人との関係にある場合には、その人たちから物理的・心理的に距離を置くことも、回復のためには必要な手段となる場合があります。
あなたがこれ以上苦しい思いをしないで済むような、安全な環境を、まずは確保することが大切です。
自分が偏った考え方をしてしまうのは、もしかしたらPTSDの影響かもしれない、と感じたら、まずは自分の中にある恐怖感と向き合い、少しずつ問題を整理し、改善させていくことから始めましょう。
日常の中の「小さなトラウマ」も、見過ごさないで
PTSDの原因となるのは、命に関わるような大きな出来事だけではありません。
親や恋人、配偶者、上司など、身近な人から、日常的に人格を傷つけられたり、一人の人間として尊重されなかったりする経験。
そうした「小さな」トラウマの積み重ねが、
- 自分の意見が言えなくなる
- 「自分は価値のない存在なのだ」と思い込んでしまう
といった、自己肯定感の低下や、対人関係の問題につながることもあります。
また、「男の子なんだから、泣くんじゃない」「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」といった、性別や役割に基づいた、親からの期待や言葉。
それらが、自分の中での「呪縛」となり、本来の自分の気持ちや欲求を抑え込み、自分らしく生きられない、という苦しみを生み出すこともあります。
もちろん、そのように振る舞うことで親に喜ばれ、それが嬉しい、と感じることもあるでしょう。しかし、それが本当の自分の気持ちとは違う場合には、心に大きな負担がかかり続けることになります。
さらに、身近な人からの暴力や暴言、育児放棄(ネグレクト)といった明らかな虐待を受けていた場合や、学校で陰湿ないじめを受けていた場合なども、心に深い傷を残し、その後の人生において、自分自身の人生を前向きに生きていくことを困難にさせてしまう可能性があります。
トラウマと向き合い、克服していくために
自分の気になることから、話してみませんか?
PTSDの原因となっている出来事について話すことは、非常につらく、できれば思い出したくないことかもしれません。
しかし、自分がそのように感じ、つらくなってしまう、その根本にあるものについて、安全な場所で、信頼できる専門家に聞いてもらうことは、回復への非常に重要なプロセスです。
専門家は、あなたの話を丁寧に聞き、適切な質問を投げかけながら、
- 「自分は、本当はこんな風に感じていたんだな…」
- 「こういう風に考えたら、少し楽になるのかもしれないな…」
といった、あなた自身の気づきや、新しい視点を見つけるお手伝いをします。
ご自身の気持ちが整理できてくれば、トラウマとなった場所や、関連する人々に会っても、以前のような強い恐怖を感じることなく、平静でいられるようになる日も、きっとやってくるでしょう。
もし、気持ちが高ぶってしまい、つらくなってしまった時には、気持ちを落ち着けるような音楽を聞いたり、自分がリラックスできる環境に身を置いたりすることも、セルフケアとして大切です。
ほんの少しの出来事が、深く心を傷つけることも
本来であれば、私たちにとって一番の味方であり、どんなことがあっても無条件に受け入れ、応援してくれるはずの存在が、家族や友人です。
しかし、その信頼しているはずの人から、自分の存在を否定されたり、深く傷つけられたりするような出来事に遭遇すると、私たちは恐怖を感じ、次の一歩を踏み出すことが、非常に難しくなってしまうことがあります。
その結果、常に緊張状態に陥り、不眠になったり、精神的に不安定になったりすることもあるでしょう。
そして、そうなってしまった原因が、自分でもよく分からない、という場合も、案外多いものです。
後になって、カウンセリングなどでじっくりと過去を振り返ってみると、「そういえば、昔、あんなつらい体験があったな…」「こんな苦労があったな…」と感じることがあるかもしれません。
そういった、心の奥底に埋もれてしまった、過去の出来事が、あなたの現在の偏った考え方や、生きづらさを作り出している可能性もあります。
カウンセリングを通して、潜在意識(無意識)の中に眠っている、未解決の感情や記憶を、安全な形で掘り起こし、それを適切に処理し、乗り越えていくことで、あなたの気持ちは、きっと楽になっていきます。
新しい経験を通して、過去のショックを和らげていく
PTSDや複雑性PTSDを抱えていると、その怖い体験を避けるあまり、本来の自分らしさを見失い、まるで自分が自分でないような感覚に陥ってしまうこともあります。
しかし、そこでただ考え込んでしまい、動けなくなってしまうのは、人生における様々な良い機会を、自ら逃してしまっていることになるかもしれません。
思い切って、何か新しいことを始めてみると、案外うまくいくこともありますし、そこで優しい人々に出会い、温かい関係性を築く中で、「また頑張ろう」と思える新たな力(糧)を得られる可能性もあります。
トラウマ体験によって、警戒心が強くなり、人をなかなか信じられない、疑心暗鬼になってしまう、という気持ちも強くなるかもしれません。
しかし、焦らず、少しずつ、安全な環境で、人との関わりや新しい経験を積み重ねていくことで、あなたの心にも、きっとポジティブな変化が訪れるでしょう。
つらい経験をしたことは、決して消えることのない事実です。しかし、それがあなたの人生のすべてではありません。日々の生活の中で、ささやかな喜びや、人との温かい繋がりを感じられるようになることで、PTSDによる苦しみも、少しずつ和らいでいきます。
トラウマと「共存」していく、という考え方
時には、トラウマを完全に消し去るのではなく、自分の中にあるつらい体験と、うまく付き合いながら生きていく(共存していく)という考え方も、必要になる場合があります。
つらい記憶が、ふと思い出されてしまうこともあるかもしれません。しかし、それと同時に、人生には喜びや、幸せを感じられる瞬間もある、ということを忘れずにいること。その両方の側面があることを受け止められるようになると、少しずつ気持ちも変化していくのではないでしょうか。
つらいことばかりに意識が向き、頭がいっぱいになってしまう時には、何か自分の好きなことや、没頭できることに意識を向けてみるのも良い方法です。
もちろん、「あの時は、本当につらかったな…」と、過去の自分を振り返り、その気持ちに寄り添う時間も、時には必要です。
そして、その恐怖体験が、結果的に、今のあなたの身を守るための「学び」となっている、という側面もあるかもしれません。「あの経験があったからこそ、今、こんなことに気をつけよう」と、危険を回避する力につながっている場合もあるでしょう。
その不幸な出来事は、決してあなたのせいではありません。まずは、頑張ってきた自分自身を労わり、そして、もし物事の捉え方に偏り(認知の歪み)があるのなら、それを修正していくお手伝いをさせてください。
通常の場合であれば、どのように考えると、より客観的で、建設的なのか。そうした多様な視点を知ることができれば、あなたの考え方にも幅と柔軟性が生まれてきます。トラウマと「共存」していく、という考え方
克服には、大切な友人や家族の協力も力になる
何か辛い体験をしている時には、新たに信頼できる友人や、安心できる家族(パートナーなど)との関係を築いていくことも、回復への大きな力となることがあります。
もし、トラウマの原因が、もともとの家族との関係にある場合、新しい家族(結婚など)を築くことに、大きな勇気がいるかもしれません。
しかし、相手を信頼し、そして相手からも信頼されるような、対等で温かい関係性を、焦らず、少しずつ築いていくことに挑戦してみるのも良いでしょう。
心から信頼できる人が、一人でもいる。
その存在は、あなたの日々の生活を、より明るく、温かいものにしてくれます。
もし、あなたに信頼できる人がいるのであれば、その人に、あなたのつらい気持ちを聞いてもらうことも、回復への助けとなります。
心から安心できる場所や、人との繋がり。これまでの日常を取り戻し、そして再びPTSDの症状に苦しむことがないようにするためにも、大切な友人や家族、あるいは心の拠り所となるような人との関わりが、PTSDの克服につながる場合も多いのです。
子どものPTSD:怒鳴り声が引き金になるケースも
「子どものPTSD」という問題も、最近、注目されるようになってきています。
小さい子どもが、身近な大人(親や先生など)から、感情的に叱責されたことが原因で、PTSDを発症してしまうケースも、実は少なくありません。
例えば、
- 大声で怒鳴る男性に対して、強い恐怖感を覚えてしまい、真っ黒な絵ばかり描くようになった
- 夜、夢に怖いおじさんが出てくると言って、そのまま緊張して眠れなくなってしまう
- 小学校高学年になっても、夜尿(おねしょ)を繰り返す
といった場合、その背景に、過去の叱責体験が隠れている可能性があります。
このように、大人にとっては些細な出来事であっても、子どもにとっては大きな衝撃となり、PTSDを発症するきっかけとなることがあるのです。
より重篤な例では、父親(あるいは母親)から日常的に怒鳴られたり、身体的な暴力や性的な暴力を受けたりしていた、という場合も、残念ながら少なくありません。
子どもは、安全な逃げ場や自己防衛手段を持たないため、大人と比べてトラウマの影響を受けやすいという特性があります。こうした環境は、将来的な発達や心の健康にも深刻な影響を与える可能性があります。そのため、ただひたすら我慢することで、その場を耐え忍ぼうとします。
しかし、その経験が心身に与える影響は非常に大きく、大人になってからも、日常生活や対人関係に深刻な支障をきたすような症状が現れたり、様々な精神的な問題を抱えたりするなど、人生全体に大きな影響を及ぼすことが多いのです。
「マルトリートメント(不適切な養育)」が、子どもの脳に与える影響
「マルトリートメント」とは、「不適切な養育」と訳され、子どもの心身の健全な発達に、悪影響を及ぼすすべての関わりを指します。
「虐待」とほぼ同義で使われることも多いですが、身体的虐待やネグレクトといった明らかな虐待だけでなく、暴言、脅し、無視、きょうだい間の差別、過度な期待やコントロール、子どもの前での夫婦喧嘩なども、マルトリートメントに含まれます。
たとえ、親や大人に「子どもを傷つけよう」という明確な意図がなかったとしても、その関わりが結果的に子どもの心身を傷つけ、発達に悪影響を与えているのであれば、それはマルトリートメントと見なされます。
「子どものしつけのために」と親は言うかもしれません。しかし、本当のしつけとは、子どもに恐怖心を与えることではなく、社会のルールや、望ましい行動を、根気強く、愛情を持って教え導くことのはずです。
「しつけ」という名目で、子どもを身体的に、あるいは精神的に叱責したり、威嚇したり、脅したりすることは、マルトリートメントとなり、子どもの心身の発達に深刻な悪影響を及ぼします。
マルトリートメントは、子どもの脳の発達にも影響
近年の研究により、マルトリートメントは、発達途上にある子どもの脳の構造や機能にも、実際に影響を与えることが分かってきています。
また、マルトリートメントを受けた子どもは、学習意欲が低下したり、引きこもりになったり、大人になってからうつ病などの精神疾患を発症するリスクが高まることも指摘されています。
親から日常的に暴言を浴びせられるなどのマルトリートメントを経験した子どもは、そうでない子どもに比べて、精神的に不安定になりやすい傾向があります。
ある研究では、子どもの頃に暴言を受けた経験を持つ人は、そうでない人に比べて、大脳皮質側頭葉にある「聴覚野」(音を聞き取る働きをする部分)の一部の容積が約14%増加していた、という報告もあります。これは、子どもの頃の暴言を受けた経験が、正常な脳の発達を妨げ、人の話を聞き取ることや、会話をすることに対して、脳が過剰な負担を感じるようになってしまった可能性を示唆しています。
PTSDによって、好きなことへの興味も失われてしまう…
PTSDの症状の一つとして、以前は好きだったはずの物事に対しても、全く関心が持てなくなってしまったり、「周りの人たちと、自分だけが違う世界にいるような気がする」と感じて、うまく溶け込めなくなったり、喜びや楽しみといった、ポジティブな感情を感じられなくなってしまったりするケースもあります。
日常生活においても、
- 表情が乏しくなり、会話も少なくなり、ボーっとしていることが増える
- 以前よりも引っ込み思案になる
- 食欲がなくなる
といった変化が見られることもあります。
記憶力が低下したり、理由もなく気分が落ち込んだり、情緒不安定になり、些細なことで怖がったりするようになることもあります。
これらの興味・関心の変化について、ご本人が気づいている場合もありますが、中には自分では気づかず、周りの人が心配している、という場合もあります。
過去に受けた出来事を、後から変えることはできません。しかし、一日でも早く、穏やかな日常生活を取り戻せるように、そして、これまでのその人らしい輝きを取り戻せるように、聖心こころセラピーでは、あなたの回復を全力で支援していきます。
親子の負の連鎖:不適切な養育が繰り返されることも
不適切な養育(マルトリートメント)は、決して許されるべきことではありません。しかし、そうした関わりをしてしまう親御さん自身も、感情を持った一人の人間であり、中には、ご自身もまた、幼い頃に同じような不適切な養育を受けてきたことで、それが子どもにとってネガティブな影響を与えていることに気づいていない、というケースもあります。
自分の感情をうまくコントロールできずに、つい子どもに厳しく叱りつけてしまう…そんな親御さんもいらっしゃいます。
そんな環境の中で育った子どもは、常に恐怖感を感じるようになり、脳の発達にも影響が出てしまう可能性があります。
また、そのような環境で生きてきたために、気づかないうちに、ご自身もPTSDや、それに類する症状を抱えている場合もあります。
まずは、その環境が、自分や子どもにとって理不尽であり、健全ではないことを認識し、それを変えていく努力をすることが大切です。そうすることで、より安心できる環境を築くことができるでしょう。
もし、ご自身が親から怒鳴られて育った、という経験があるなら、「そういった行為は、人を深く傷つけるものなのだ」という認識を持ち、ご自身の言動を意識的に変えていくこと。それだけでも、お子さんへの影響は大きく変わってくるはずです。
どのような言葉や行動が、子どもたちを傷つけてしまうのか、ということを、私たち大人がよく知っておくことも、非常に重要です。
身体的な暴力などを振るっていなかったとしても、「もしかしたら、気づかないうちに、子どもを傷つけるような関わり方をしてはいないだろうか?」と、自分自身の行動を振り返ってみる必要もあります。
もし、ご自身の過去の経験や、現在の親子関係に悩み、それがPTSDの原因となっている、あるいは悪化させていると感じるのであれば、その改善への第一歩として、専門家によるカウンセリングを受けることを、強くお勧めします。
どんな言葉に傷つき、どんな痛みを抱えているのかを、まずは安全な場所で、丁寧に整理していくことから始めましょう。
聖心こころセラピーでも、心理療法とカウンセリングを通して、PTSDからの回復を目指していくことが可能です。
PTSDの治療法について
PTSDの治療法としては、主に精神療法(心理療法)が中心となります。代表的なものとしては、以下のようなものが挙げられます。
1.持続エクスポージャー療法(PE療法)
国際的にも、PTSDに対して効果が実証され、推奨されている心理療法の一つです。
カウンセラーとの安全な関係性の中で、「何がトラウマとなっているのか」「どうしてそれがトラウマになってしまったのか」といった問題点を、一緒に把握・認識していきます。
そして、あえてトラウマとなった記憶や、それを避けていた状況に、少しずつ、安全な形で向き合っていく(暴露していく)ことで、トラウマ記憶を心の中で整理し直し、恐怖感を乗り越えていくことを目指します。
また、トラウマに関連する否定的な考え方や、不適切な対処行動を修正していく作業も行います。
自身のつらい体験と向き合っていく必要があるため、治療の過程で一時的に気持ちが不安定になることもあります。そのため、経験豊富な専門家(カウンセラーやセラピスト)と相談しながら、慎重に進めていくことが非常に重要です。専門家以外が安易に行うと、かえって症状を悪化させてしまう可能性があるので、注意が必要です。
2.EMDR(眼球運動による脱感作および再処理法)
EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)も、国際的に有効性が認められているトラウマ治療法の一つです。
「脱感作」とは、元々は生物学的な用語で、アレルギー反応を起こす原因物質を少しずつ増やしながら投与していくことで、アレルギー反応を軽減していく治療法を指します。
EMDRでは、セラピストの指示に従って眼球を左右に動かすなどの左右交互の刺激を与えながら、過去のつらいトラウマ記憶を思い出す作業を行います。これによって、脳の中でうまく処理されずに凍り付いていた体験記憶の処理を促し、感情的な苦痛を和らげ、より肯定的な自己認識へと再処理していくことを目指します。
この治療法は、比較的短期間で効果が見込める場合があることや、トラウマ体験を詳細に語る必要がなく、ご本人の負担が少ない場合がある、といった利点があるとされています。
注意点:以前、PTSDの治療法として有効と考えられていたものの、現在ではその有効性が否定され、むしろ害を与える可能性があるとされている心理療法に「デブリーフィング」というものがあります。これは、震災などのトラウマ体験直後に、PTSDの発症を予防する目的で、体験した出来事や感じたことなどを、グループなどで詳細に語らせる、という方法です。しかし、研究の結果、かえって症状を悪化させる可能性があることが明らかとなり、現在では推奨されていません。「ただ体験を語ればスッキリして良くなる」という安易な考え方には、注意が必要です。
「人生には、思いもよらない、つらい出来事が起こることもあります。しかし、その乗り越えられないと感じるほどのつらさも、必ず解決への道筋はあります。私たち専門家が、その問題解決に向けて、全力でサポートさせていただきます。私たちには、その手段と対策があります。」
参考文献・参考資料
- 飛鳥井望(監修)(2007)『PTSDとトラウマのすべてがわかる本』 講談社
- 金吉晴・小西聖子(2015)『PTSD(心的外傷後ストレス障害)の認知行動療法マ ニュアル(治療者用)』 厚生労働省
- アメリカ精神医学会(著),日本精神神経学会(監訳)(2023)『DSM-5-TR 精神 疾患の診断・統計マニュアル テキスト改訂版』 医学書院