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思考修整セラピー

今ある悩み・苦しみの思考を修正し 問題を解決・克服するためのカウンセリング

 
共依存症  親子共依存は、親が子に親主導の影響を行使することにより、子への自発性や独立性を妨げるものである。周囲の目から見ても一見仲の良い親子に映り、本人達も気付いていないが、そこには様々な弊害があり生きづらさを抱えている
 
診断テスト 専門WEB

 <CONTENTS>

親子共依存とは

共依存者の特徴

共依存者を支える心理

本当に子供のため?

自分が主役の人生を送る

親子共依存に関連性のある項目


親子共依存のパターン

共依存の自覚が無く支える側の特徴

子供への影響

子供がしたいのか、親がさせたいのか

親子共依存からの脱出


親子共依存

親子共依存とは
親と子の関係は、子が生まれた時から生活を共にし、大切に育てられ、いずれ一人の人間としてそれぞれの人生を歩みます。しかし親子共依存は、親と子がそれぞれの人生を送るどころか、親も子もいくつになってもべったりといった状態を続け、その関係にしがみつき離さない状況に陥っています。

「親子共依存」は読んで字のごとく、親と子が共に依存し合うことで成り立つ関係です。子供が小さい頃は親がいなければ生きていけませんので必然的に依存状態になりますが、親子共依存は親の「子供にはこうなってほしい」「あのような人にはなってほしくない」といった要求や価値観、将来への期待で子供を縛り付け、支配します。
子は親の期待に応えようと一生懸命頑張ります。欲求が強くなるほどもっともっと努力をし、「親から認められたい」「褒めて欲しい」「喜んでもらいたい」との思いが募りますが、かえって親のもっと高い要求を引き出すこととなり、常に自分にプレッシャーを掛け続けることになります。その状態が続くと、人の顔色を気にして怯えながら生活したり、うつ状態・摂食障害・頭痛や腹痛といった心身不良や、問題行動・不登校・ニートやひきこもりに繋がります。しかし本人は生まれた時から今までの生活が当たり前であり、不調の「原因」が何なのか理解できない場合が多いです。

果たしてこの状態が健全な状態でしょうか。求め・求められる関係は利害が一致しているかもしれませんが、無視できない大きな問題が親子間にあると言えるでしょう。


親子共依存のパターン

A1.
母も大変だから愚痴や不満を聞いてあげるのは娘としては当然なのでは?

A2.
親は親なりに一生懸命育ててくれているのだから、親の期待に応えなければいけない

B1.
母の愚痴を聞くのは嫌だけれど、私が聞いてあげれば丸く収まる

B2.
私は○○したいけど、父の言う△△にしておけば親の期待に背かないし、まず間違いないだろう


はじめのA1・A2は親子関係に対し「無自覚な共依存のパターン」、後のB1・B2は「自覚が多少ある共依存のパターン」です。特に後の2つは「母の愚痴を聞くのは嫌」「私は○○したい」と、苦痛に感じていることや自分の願望があるにもかかわらず、親を優先して意思とは反対の行動をとっています。親子の関係を壊したくないために、仕方なく親の考えを受け入れてしまう傾向にあります。結局「無自覚な共依存のパターン」と何ら変わることのない完全なる「共依存」「共に依存している状態」です。この状態では、親も子もお互いに自立することはありません。自分自身の気持ちを抑え、問題から目を背け、親を優先した人生を送っています。

親の言うことをよく聞くいい子として見られますが、大人になっても親が中心の生活では自立はありません。躾ではなく子供を支配し、子は親に服従する関係こそ「親子共依存」といえます。


共依存者の特徴

あなたの親は自分の夢をあなたに託し期待した

あなたの親はテスト等で良い成績を取ればあなた以上に喜んだ

あなたの親はあなたの服を選んで買い与えてくれた(幼少期は除く)

あなたの親はピアノ・バレエ・英会話・絵画等多くの習い事を奨励した

あなたの親は進学・就職・恋愛・結婚などに助言・誘導・干渉があった

あなたの親は常にあなたに話かけ、あなたは親の良き理解者を務めていた

あなたの親はあなたの1日のスケジュールを把握し管理したがる

あなたの親は考える通りに事が進まないとヒステリックになり、感情の起伏が激しい


どうでしょうか?上記のようなことが多く当てはまったとしても、あなたの身体も精神もすこぶる良い状態であれば問題ないかもれませんが、もし心身に不調を感じるようであれば大いに問題になります。子供は生まれて物心がつくまで、食べ物を食べる、安心して眠る、体を動かす、清潔に過ごすなど親なしでは生きていくことができません。しかし、いつかは一人の人間として親から独立し巣立っていきます。子供の成長過程の中で上記のことが日常茶飯事であれば、いつか何かしらの形で不具合が生じてくるでしょう。これは親ばかりに問題があるわけでないく、実はあなたにも大きな問題が隠れています。


共依存の自覚が無く支える側の特徴

親の顔色を気にすることが多く、気分を害さないように先回りして考えてしまう

親が喜んでくれることが大切であり、私の喜びでもある

親から指示を受けることにあまり抵抗は感じず、むしろ「自分で考えて」が一番困る

進学や就職や考え方や行動など親の助言をつい求めてしまい、自己決定や決断が難しい

自分勝手なことや間違ったことをすれば親から嫌われ、見放されるのではと心配になる

自分に自信がなく親に支えてもらわなければ経済的にも精神的にも非常に不安である

大きく育ててもらい苦労も掛け面倒を見てもらった、と親から受けた恩義を強く感じる

自分の努力や頑張りで親が喜ぶのなら、努力を重ねて親の期待に応えたい

結婚相手は親が認めてくれた人に限る、と考えている

自分の気持ちを一番分かってくれてるのは両親、または親のいづれかだ

親が私に細かく教えてくれたり語気が強くなっても、私を思ってのことだと理解している

親から「こうなのよ、ああなんだよ」と言われると「そうなのかなぁ」とつい思ってしまう

親が落ち込んでいると自分も辛くなり一緒になって落ち込んでしまう

親が愚痴をこぼしていると私が聞いてあげなきゃ、支えなきゃ、と思ってしまう

自分は何かしたいとか目的は特に無く、親が望む方向で結果を出し認められたいと思う

結婚したとしても実家または実家の近くに住み、親との関わりの中で暮らして行きたい


親が期待することが出来る度に褒めてくれ喜ぶ親、それが嬉しくて更に頑張ると親も更に喜び期待をし、これを繰り返すことにより親からの期待や要求はどんどん強まり、やがてその期待からの重圧がキツく無理難題とも思える範囲へと広がっていきます。しかし本人はそれには気づかず、生まれた時から私を育ててくれた親に少しでも喜んでほしい、親の願いを叶えたいと子供は一生懸命に良い子であろうと頑張ります。親の気持ちを汲み期待に応えるようにしているのに、なぜ心労や気分が優れず自信が持てず不安を感じるなど益々状況は悪化しているのでしょうか。それは正しい親子の在り方ではないのかもしれません。


共依存者を支える心理

この世の中で何者にも代え難い、かけがえの無い可愛い我が子。母親が子供の世話を一生懸命するのは、ごくごく自然なことです。しかし「行き過ぎた世話や教育」には注意が必要です。もし「行き過ぎた世話や教育」が行われている場合には、その時点で母親は「子供を養育する」ことに依存している可能性があります。例えば、友達との関係で悩んでいる子供がいるとします。この問題は子供の問題であり、解決していくのは子供自身です。本来の母親の役割はそのような子供に対し適度な距離で見守ることが求められます。子供は自分を信じて見守ってくれる親の愛情を感じると「やってみよう」と思うことの自発性が芽生えます。しかしその問題を見守る我慢が出来ない母親は、「お母さんが言ってあげる」「お母さんがこうしてあげるね」「それはあなたのためだから」「あなたのことを思って」と子供につい助言を与え、手を貸し、助け、子供の問題の渦中に介入してきます。一見、子供のためを思った行動と思えますが、実際は子供のためではなく、親自身の不安や心配の解消のためであると考えられます。親が子供に依存していると、子供が成長し世話をしてあげることが少なくなってきた時に、自分の存在意義を見失っていきます。「私がいなければこの子は何もできない」と無意識の思い込みがあり、手助けをする事で自分の存在価値を見出し安心感を得ているのです。


子供への影響

「愛情」と言う名のもとに親に支配され、世話をされた子供は成長につれ精神的に深刻な影響を受ける場合もあります。子供はスーパーマンのような母親に何でも世話をされてきたために、自らの意思で努力をし困難に立ち向かう姿勢を失っています。子供の頃から親の価値観や判断に従ってきたために、自分の「すべきこと」「やるべきこと」「何をしたいのか」などが解らなくなり、自分自身を確立することが困難となります。そして「私のためを思って言ってくれた言葉」と受け入れ、従順な態度の中で生きていきます。結果、社会に出ても人の意見に振り回されてしまう傾向を強く持つことに繋がります。何をするにしても常に迷いや不安を感じやすく、決断力や決定力に劣る等の問題が起こってきます。さらに、母親との関係を壊さないように生きてきたため、親と自分の境界線を見失い、思春期や成人期に至っても、いつまでも親との密接な関係から離れることができません。親と子供が親友のような関係になってしまうのもそのためです。主体性を持って自立することに対して無意識に罪悪感や見放されてしまうといった不安を抱くようになり、大人に成長しても自発的な精神は薄く、人に服従し依存して生きるようになるのです。そうなれば、選ぶ恋人や結婚相手・友人等、いずれにしても指導者・支配者であり、親から対象者が変わるだけで生涯共依存の問題を抱え込むことになりかねません。もしあなたが共依存という問題に該当しているのであれば、あなたが過ごしてきた家庭環境における親子関係にこのようなパターンが隠れているはずです。


本当に子供のため?

「子供のためを思って」「あなたのためだから」そんな言い回しをしながら自分の希望や思いなどを子供に託す親がいますが、子供も個性ある一人の人間です。子供には子供の人生があることを知らなければいけません。子供に自分の成し遂げられなかった夢や思いを託すことや、自分が良いと思うものを押し付けることは、子供にとっては強制されていると感じられて居心地が悪い場合もあります。子供が自らそうしたいと思っているのであれば良いのですが、親の言うことに従っているだけという子たちも多く見受けられます。それでもしばらくはいいかもしれませんが、いざ自分で決めるべき時に何も決められないというような弊害も出てきます。子供が自分でしたいことを自分で決められるように、親は見守るべき場面では見守る姿勢を見せることが必要です。例えば、学校に行かせたい親と学校には行きたくない子供の間でせめぎ合いが起こる場合があります。親は、保護者の立場を背景に賞罰的な発想を元に、子供が不安に思うような行動や発言を示唆することはやめた方がいいでしょう。返って不安が募り反発したり塞ぎ込んでしまう場合があります。そうではなく、焦らずにまずは子供の意思を尊重し、見守り、サポートする姿勢が子供に安心感を与えることに繋がります。そんな信頼関係が構築した上でゆっくりと状況の改善に導いてあげましょう。

子供がしたいのか、親がさせたいのか

習い事や学業などは、子供である本人が自発的にしていることなのでしょうか。それとも親の誘導で子にさせて いることなのでしょうか。誰かから言われてしていることは、何か問題や困難に直面した時に「もう嫌だ」と思ってしまう一因になります。子供が自分で自発的に決めたことでも投げ出しそうになることもある中で、親に決められたことを子供が自分の思いとして取り組んでいくには思いの外大きなエネルギーが要ることに親自身は気づく必要があります。人から半ば強制的に押し付けられたことを行うことは、自分の意思と異なるものであればあるほど辛いものです。子と言えども自分の人生であるにもかかわらず、自分の意思で生きられないことは、モチベーションを維持することが非常に困難を伴い非常にネガティブに捉えてしまうこともあるでしょう。「本当に自分がしたいことはこれじゃない」と心の奥底で思っているかもしれません。自分のしたいこと、自分の頑張れることを、子供自身が決めて取り組んでいけるように、いろいろな環境を提供することや時に見守ってあげる姿勢は、親としては大切なことでしょう。子供にこうなって欲しい、ああなることが幸せではないかとの思いや願い、期待を持つこともあるでしょう。そこには子供の思いが本当にあるでしょうか。ぜひ子供の「やってみたい」を大切に、それをサポートする親であって欲しいと願います。


自分が主役の人生を送る

親の期待に応えようと一生懸命頑張って尽くすタイプの共依存症に陥っている子供は、自分勝手に生きていく位で丁度いい場合もあります。支配してくる親はあなたのことなどは考えていません。自分の叶えられなかった思いや夢、こうなってほしいとの一方的な考えを実現してほしい欲求を満たすために、行動したり意見を言っている場合が多いですので、無理にそれに合わせる必要はないでしょう。相手に合わせ過ぎてしまうことよりも、むしろしっかり自立して、自分の好きに生きていくといいでしょう。「相手は相手」「自分は自分」という考え方で親も子も考えていくべきです。いつも一緒にいる必要はありませんし、親は親の、子供は子供の時間を大切にしましょう。自然に一緒にいたいという関係であればいいのですが、そうでないのであれば、距離を置くことは悪いことではありません。自分にマイナスになると思えば距離をとることが必要な場合があります。無意識のうちに依存できる相手を探していないかも十分に注意しましょう。自分の人生は自分が主役です。脇役でも代役にもなることなく、自分の意思で生きていきましょう。結論を申し上げれば自立とは程遠い共依存関係は共に不幸になります。 自立した人には自由があり、共依存症には不自由な拘束があります。自由は歴史が証明する通り権力あるものが民に与えることはありません。自由は権力あるものに抵抗し悪政を倒してこそ得られるものです。そろそろ共依存症から卒業しましょう。


親子共依存からの脱出

親には今まで育ててくれた恩がある
辛いことがあれば家族なのだからそれを共有するのは当たり前だ
親は一生懸命育ててくれたから、愚痴でも何でも受け入れてあげるべきだ

実際のところはどうなんでしょうか?本当に不満は一切ありませんか?常に言いたいことを我慢し、親の顔色を伺い、話を合わせ嫌われないように見捨てられないように気を遣いながら生きていませんか?自分の喜びの基準が「親が喜ぶかどうか」になっていないか、その為に自分が二の次になっていないか、自分の意思はあるのかをもう一度考えてみて下さい。自分は何がしたいのか解らなくなる程に親の問題に囚われていることにそろそろ気づきましょう。
親の期待に、願いに全て応えなくていいのです。大切なのは「あなたがどうしたいか」。進学や就職先、身の回りのことまで親が決めているのでは、将来あなたは物事を決断しながら生きていけず、不安に怯えて生きることになります。親はずっとそばにいてくれるとは限りません。自分の意思で地に足をつけて生きていきましょう。
共依存症の克服は「自覚」から始まります。名古屋聖心こころセラピーでは、相手によって成り立つ自分から脱却し、人生の主人公である自分を取り戻すためのプログラムを用意しております。自分自身によって成り立つ、他人によって浸食されない精神と尊厳を取り戻しましょう。