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思考修整セラピー

今ある悩み・苦しみの思考を修正し 問題を解決・克服するためのカウンセリング

 
共依存症  夫婦共依存とは、一方が良くない状況や問題が有るにも拘らず、一方がそれを安易に受け容れる、もしくは非難しても結局はそれを支えてしまい、その結果一方に甘えを生じさせ、通常で無いことも定着し始め問題が更に深刻化する。
 
診断テスト 専門WEB

 <CONTENTS>

夫婦共依存とは

共依存者の特徴

共依存者を支える心理

自信のない人が好き

自分主導の人生を生きていく

夫婦共依存に関連性のある項目


夫婦共依存のパターン

共依存の自覚が無く支える側の特徴

養われている主婦、DVモラハラに耐える妻

コントロールしない、相手の好きにさせる

夫婦共依存からの脱出


夫婦共依存

夫婦共依存とは
恋人としてお付き合いをし、結婚をして夫婦となります。相手を尊重し共に生活していくことで、円満に結婚生活を送ることができます。
しかし、夫婦共依存は相手を尊重し生活するどころか、寄りかかり懸命に支えながら生活を共にし、幸福感は薄いのにその状態にしがみつき離さない状況に陥っています。

「夫婦共依存」は読んで字のごとく、夫と妻が共に依存し合うことで成り立つ関係です。尽くすことで生き甲斐を感じる人と、尽くされることで満足感を得る夫婦の関係は、一見相手の求めることに対して呼応するといったように利害が一致しているため、問題がないのでは?とも思えますが、本当にそうでしょうか。

尽くされることで満足を得る人「要求の強い人」は、「妻とはこうあるべきだ」「夫だったら分かってくれる」との固定概念や甘えを相手に押し付け、自己中心的な発言や行動をとります。そして相手から「尽くされている」と判断できれば、「もっと、もっと」とわがままな要求は際限なく続く傾向があります。
尽くすことで生き甲斐を感じている人「犠牲を払う人」は、相手の要求に応えようと「もっと尽くさなければ」「私があの人を変えてみせる」と努力をしますが、かえって相手のわがままを益々増長させる結果となり、常に自分に無理な負担を掛け続けることになります。その結果、尽くす側「犠牲を払う人」は心的ストレスを抱えることとなり、うつ状態・無気力・集中力欠如・過食・パニック・偏頭痛など心身不良に繋がります。しかし本人としてはその「原因」を理解できない場合が多く、「どうして?」ということになります。それは正に、骨折しているのに気づかず歩いているようなものです。この無自覚さには驚くばかりです。

尽くす側・尽くされる側の利害が一致していると言っても、そのままにしておくことのできない問題が夫婦間にはあると言えるでしょう。


夫婦共依存のパターン

A1.
わがままかもしれないが夫も辛いのだからなんとか対応してあげたい

A2.
彼の苦しみを理解できるのは私だけ、一緒に苦しみを分かちあいたい

B1.
夫とは別れたほうが、とも思うが優しいところもあるので離別できない

B2.
彼の苦しみは甘えだと思うけど理解しないと彼が納得しないから


はじめのA1・A2は夫婦関係に対し「無自覚な共依存のパターン」、後のB1・B2は「自覚が多少ある共依存のパターン」です。特に後の2つは「夫とは別れたほうが」「彼の苦しみは甘えだと思うけど」と、良くない関係だと気づいているにもかかわらず、関係を断つことなく、いいところをこじつけたり、仕方なく受け入れてしまう傾向にあります。結局「無自覚な共依存のパターン」と何ら変わることのない完全な「共依存」「共に依存している状態」が成り立っています。もともと一人の人間であったことを忘れてしまったかのごとく相手に頼り、頼られ支えます。世話をする側とされる側が固定されているため、お互いを尊重し、地に足つけて生活していくことができません。夫婦関係そのものに依存してしまう人は、自分自身の考えや気持ちよりも、相手の問題ばかりに気をとられ、問題から目を背けます。

尽くす側、世話をする側への世間からの印象は「優しい人」「よく頑張っている人」「気が利く人」と言われることもあるため、周囲の人たちからは夫婦共依存であることに気づかれにくいものです。しかし、いくら頑張って尽くしたとしても報われることはなく、そしてそれに生きづらさを感じていれば「共依存」という「支配と服従」の世界は色濃くなっていきます。


共依存者の特徴

ご近所さんや友人などから、夫婦としてどう見られるかなどの評価を気にする

夫婦のいづれかに暴力や暴言などがある

夫もしくは妻に同調や共感を求める傾向が強い

夫婦での揉め事や喧嘩が多い

夫もしくは妻は、あなたに約束をさせたがりその約束に非常にこだわる

夫もしくは妻は、あなたの友人関係や実家との関係のいずれかを快く思わない

夫もしくは妻は、何かと「ああだ、こうだ」と要求や要望が多く「いつ、どこで、誰と、何をする」などを把握し管理・コントロールをしたがる

自分をどう思っているのかがいつも気になり確認したがる

夫婦のいづれか、もしくはお互いが愛情に不安を感じる事が多い

よくトラブルを起こしてあなたを困らせる

親しい友達もいないようで、仕事以外はいつも私の側にいたがる


どうでしょうか?上記のようなことが多く当てはまったとしても、夫婦は仲睦まじくお互いに 尊重し合い、あなたの身体も精神もすこぶる良い状態であれば問題ないかもれません。しかし心身に何かしらの不調を感じるようであれば大いに問題になります。夫婦は元々一人の人間 です。一人ひとりが自立する中で二人が惹かれ合い、お互いを尊重し合いながら生活を共にしていきます。そうではなく上記のことが日常茶飯事であれば、いつか何かしらの形で不具合が生じてくるでしょう。これは相手側ばかりに問題がある訳でなく、実は問題のある相手を支えようとしているあなたにも大きな問題が隠れているのです。


共依存の自覚が無く支える側の特徴

相手が何を考えているかつい先回りして考えてしまう

相手が喜んでくれると、自分のことのように嬉しい

「ああだ、こうだ」と指示されることにあまり抵抗を感じない

自分で判断して物事を決めることは難しいので、出来れば相手に決めてほしい

相手の意に沿わないと嫌われたり別れを切り出されてしまうのでは、と不安や心配になる

自立の自信が無く、相手の経済力に頼らなければ生きていけない気がする

自分のことは後回し、相手が求める必要な援助や行動を優先する

相手の喜ぶことなら、多少我慢してでもできる限りのことをしてあげたい

強い語気で叱られたり非難否定されても、私のことを思っているからだと考えてしまう

「コレはこうだろ、アレはああだろ」と言われれば無批判に納得し従ってしまう

自分の意思を余り持たず、相手の感情や言動に左右される

相手に尽くすことが何よりも私の愛の証であり生き甲斐でもある


相手のためになりたい、相手を何とかして救いたい、一番の理解者として相手の気持ちを分かってあげたい、と精一杯に献身的に尽くします。しかし何故、気持ちにゆとりが無くなり心身共にスリ減り、出会った頃のように、結婚生活が始まった時のように、思いやりのある生活が何処かに消え去り、或いは失くなってしまったのでしょうか。それは現在ある夫婦関係の在り方に問題があるからではないでしょうか。


共依存者を支える心理

パートナーに問題は確かに感じるものの「私が我慢をすれば」「私だけがこの人を救えるんだ」「この人の一番の理解者は私しかいない」という考えを持っているとすれば、それは健全な夫婦関係・恋人関係とは程遠く非常に危険な状態と言えます。アルコール依存症やDVの夫に苦しんでいるにも関わらず、その夫を支え、いつかまた以前のように優しいあの人に戻ってくれるに違いないとひたすら信じて尽くす妻や夫や恋人達がその危険な状態に該当します。例えば共依存に陥っている妻は、自己評価がとても低いため、相手の世話を焼くことにより自分の価値を見出そうとします。たとえその相手があなたに害を与えるような人だとしても、「私を思ってくれているから」「今度こそ昔の優しい彼に戻ってくれるはず」と信じ、放っておくことが出来ず結果支えてしまいます。夫婦であれば、一度は愛した人、生涯人生を共にする人として、世間的にダメ夫でもワガママ放題の妻でも見捨てる訳にはいきません。その結果、夫の暴力や横暴、妻からの現実的ではない要望にも耐えて、懸命に支えてしまうことになります。この場合、一見相手に依存しているように見えますが、迷惑を掛けることで相手をコントロールしたいという無意識による相手の甘え、つまり依存があり、双方の利害が一致しているのです。問題を起こす側は、共依存が益々強くなることで人生を崩壊させてしまう可能性もありますし、ひたすら支える側の共依存者は、苦しく辛い日々から抜け出せなくなってしまうことでしょう。「構ってもらいたい」と「構わずにはいられない」の関係により、双方に「あなたがいなければ生きていけない」が根底にあり、そんな泥沼化した関係性が出来上がってしまいます。


夫に養われている主婦、DV・モラハラ夫に耐える妻

夫に養われている専業主婦。夫の顔色を窺う日々。
Cさんは専業主婦です。毎日夫が会社に行き稼いできてくれることで生活しているという意識が強く、私は夫に食べさせてもらっている、扶養してもらっている、などの従属意識、隷属意識が強くあります。そのため、いつしかご主人の顔色を窺うように機嫌を損ねないように生活するようになり、毎日を楽しいと思うことが最近ではすっかり出来なくなってしまいました。自分で働いて収入を得ることも考えてはいるのですが、長年家にいたことで社会に復帰することに及び腰になり勇気も持てず日々が過ぎていくという状況でした。しかし旦那さんは奥さんが自分に対してそんな顔色ばかり窺うのではなく、主従関係では無くもっと対等に話ができる関係を望んでいました。しかし、自分は養われている身の上だからと奥さんが引いてしまい、お互いの意見を言う機会もなく噛み合わない中で不満に思っていました。家事などはすべて奥さんがこなしていましたので、この夫婦の間には「家事ができない男性」と、「社会に出て経済的自立に不安を感じる女性」との間で利害関係が一致しています。一見役割分担をしているようにも見えるのですが、お互いに不満を抱えて、コミュニケーションが上手く取れていないということが障壁になっていました。カウンセリングにて意識の転換を図りました。やがて女性も少しずつ自信を取り戻し外の世界へ歩み出し、旦那さんとも対等に話ができるようになったことで夫婦のコミュニケーションが改善していきました。この場合には旦那さんにモラハラやDVなどの大きな問題が無かったことが功を奏しましたが、奥さんの自信の無さが夫婦間にイライラをもたらす原因になってしまいました。


DVやモラハラ行為がある夫と、それに耐える妻
DVやモラハラ行為があるなどの問題の男性がある一定量存在しますが、そんな男性と離婚をせず耐えている女性もその数だけ存在しています。もちろん暴力行為をする方が完全に悪いのですが「そんな夫でも見切りをつけず耐え忍び支えられるのは自分だけ」などの認識を持つことでその悪い関係性を壊すことを無意識のうちに拒んでいる場合があります。DVやモラハラをするのは、そうさせてしまう自分が悪いのだという思考回路に陥ることや、そんなことをする相手でも愛しているので一緒にいるべきなのだと考えますが、実際にはとても辛く心も体もボロボロになっている場合が多く見受けられます。また、相手のことを考えてという よりも、離婚することや関係を断つと自分の不利益になると考えて、共依存の状態に陥っても抵抗も見せず黙認し受容している場合があります。関係を続けていく上で、自分にとって何かやるせなさやモヤモヤと思うことがあったり、心身に不調を感じることがあるような関係の場合はその関係を見直すことも必要です。共依存に陥りやすい人の多くには、自ら問題のある人を選んでしまう傾向があります。自己評価が低くなりがちな人ほど、相手に必要とされる自分に価値を見出すため、ダメンズやダメ男と呼ばれる人を無意識に選んでしまうのです。


自信のない人が好き

共依存に陥りがちな人は、自信の無い、頼りない感じの人が好きという場合もあります。その人が自信をもって何かに取り組むことを好みませんし、友人と積極的に交友関係を持つことにも良い顔をしません。その中に異性がいればなおさらでしょう。要は自立した精神をもった相手ではなく、自分の支えのみで相手が存在することを望んでいるのです。私がいるからあなたの存在が成り立つとの発想に基づいています。それにより、「あなたがいなければ生きていけない」「あなたのそばにいて支えたい」といった思いや関係性が生まれます。
自分の性質を十分に理解した上で恋人や将来共にする相手を選んでいる場合が多いのですが、お付き合いし関係性を持つことで、自分が疲れてしまうことや心が傷つけられる場合には少し考えないといけません。その人と距離をとることも必要ですし、相手の問題と自分をゴッチャにしないことも必要になってきます。自分の生きがいをその人を支えることに費やしている場合などがありますが、相手はあなたに甘え、支配し、コントロールしたいとの考えている場合が多いのです。自分の幸せを考えず後回しにし、相手のことを最優先として考えすぎてしまうことが問題といえるでしょう。

コントロールしない、相手の好きにさせる

夫婦や恋人関係、どのような関係性においても、相手をコントロールし、支配したいという意識が働けば、それを受ける相手にとっては辛いものとなるでしょう。自分の気持ちを伝えることは大切ですが、決めるのは相手です。自分の意見を強引に押し通すのではなく、相手の意見を尊重することも大切です。相手の考える力を奪わず、それぞれに思いやりを持ち関わることが必要になります。相手ばかりに依存しないで、自分の趣味などに時間を使ったり、勉強したり仕事をしたりするといいでしょう。その経験を通して、相手への対応が変わってくる場合もあります。例えば自分が同じような辛い体験をすれば、相手もこんな気持ちになったのかなぁなどと、相手の悩みや辛さを推測することができます。目の前の配偶者や恋人以外にも注意を向けて、自分の時間を大いに楽しみましょう。そうすることで相手ばかりに向いていた大きなベクトルが趣味や仕事に分散し、経験によって相手を思いやることに繋がります。そして相手もあなた最優先で過ごしていた人生が、それぞれに尊重し、生き生きと楽しいものとなるでしょう。


自分主導の人生を生きていく

尽くすタイプの共依存症に陥っている人は、自分勝手に生きていく位で丁度いい場合がありま す。束縛してくる配偶者や恋人はあなたのことなどは考えていません。自分の欲求を満たすために行動を起こし、詭弁を弄して意見を言っている場合が多いですので、無理にそれに合わせる必要はないでしょう。相手に合わせ過ぎてしまうよりも、むしろしっかり自立した自分の意思の元、好きに生きて行くといいでしょう。「相手は相手」「自分は自分」という考え方で配偶者も恋人も考えていくべきです。いつも一緒にいる必要は全くありませんし、お互いの時間も極力大切にしましょう。自然に一緒に居たいという関係であればいいのですが、そうでないのであれば、距離を置くことも決して悪いことではありません。自分にマイナスになると思えば距離をとることが必要な場合があります。 相手に問題が無い場合もありますが自分の方から依存できる相手を探しに行っていないかも十分に注意しましょう。いずれにしてもお互いに尊重し合うことができる、お互いの個性を楽しめあえる夫婦関係、恋人関係が良いでしょう。それには一人ひとりが地に足をつけて自立していること、相手に翻弄されることなく自分主導の人生を生きられることが必要になります。結論を申し上げれば自立とは程遠い共依存関係は共に不幸になります。 自立した人には自由があり、共依存症には不自由な拘束があります。自由は歴史が証明する通り権力あるものが民に与えることはありません。自由は権力あるものに抵抗し悪政を倒してこそ得られるものです。そろそろ共依存症から卒業しましょう。


夫婦共依存からの脱出

今一度、夫婦関係や恋人との関わりを見つめ直してみましょう。

私はパートナーの経済力に頼っており養ってもらっている
私が苦しんでいるパートナーを救わなければ
私にとって恋人が人生の全てである

実際のところはどうなんでしょうか?本質が見えていますか?不満は一切ありませんか?パートナーに対し常に言いたいことを我慢し、相手の顔色を伺い、話を合わせ嫌われないように見捨てられないように気を遣いながら生きていませんか?自分の幸福の基準が「相手が喜ぶかどうか」になってはいないでしょうか?その為に自分がおざなりになってはいないか、自分が不在になってはいないかなどをもう一度考え振り返ってみて下さい。あなたは自分は何がしたいのか解らなくなる程にパートナーの問題に囚われていることにそろそろ気づきましょう。あなたの人生において、パートナーや恋人が「主役」になっていませんか?あなた自身の人生なのに主役も張れず脇役で良い訳がありません。共依存症の克服はそんな「自覚」から始まります。名古屋聖心こころセラピーでは、相手によって成り立つ自分から脱却し、人生の主人公である自分を取り戻すためのプログラムを用意しております。自分自身によって成り立つ、他人によって浸食されない精神と尊厳を取り戻しましょう。